線形システム
カメラや顕微鏡といった光学系のシステム構成を簡略化すると、レンズと検出器からなると考えられる。見たいものをレンズでとらえて検出器に投影し、像として得ることができる。人間の目も、眼球というレンズと網膜という検出器からなる。
光学系のシステムは、劣化などの影響を考えなければ、時間的な変化はない。また、レンズは入ってきた光をそのまま伝搬する役割を果たしているので、線形である。このようなシステムは線形時不変と呼ばれる。
システムとか線形時不変といった話は、信号処理の教科書の最初の方によく出てくる話である。 信号処理では、システムの中身がわからないとき、例えばどういう電気素子で構成されているのか、ある信号を入力したときにどうしてそういう出力になるのかわからない、ブラックボックスであることがある。このブラックボックスの中身を知りたいときに使われる入力信号として、インパルスがある。
インパルス
インパルスは、非常に短い幅のパルス状の信号である。線形システムに対してインパルスを入力すると、インパルス応答が得られる。このインパルス応答を見ることで、線形システムの中身がブラックボックスでも、システムの特性について知ることができる。 どのような形の入力信号も、細かく見ていけば大きさの異なるインパルスを重ね合わせたものと考えることができる。したがって、出力信号は、入力信号とインパルスの畳み込み(コンボリューションという)となる。 さて、光学システムも線形システムなので、これら考え方を適用することができる。 つまり、光学システムの中身がわからなくても、対物レンズにどんなレンズが何枚使われているか、結像レンズはどうなっているか、中間変倍レンズは?といったことがわからなくても、インパルスを入力してやれば光学システムの特性を知ることができる。
信号処理の場合は、インパルスとして非常に幅の狭い信号を入力することであった。では光学系の場合はどうかというと、同じく非常に幅の狭い信号を入力してやればよい。ただし、光学系の場合は3次元であるので、非常に幅の狭い3次元物体、例えばビーズなどを入力することになる。 幅が狭い、とはどれくらい狭ければよいのだろうか?そのシステムが分解することのできる最小の幅よりもずっと小さな幅であればよい。つまり回折限界よりも小さなビーズを見ればよい。
回折限界
レンズに入射した平行光は、焦点位置に集光される。この時、無限に小さな大きさになるわけではなく、ある有限の大きさとなる。 レンズの様々な高さに入射した光は、レンズによって屈折し、角度をもって焦点位置に集光する。光は波の性質を持っているため、様々な角度からの光は焦点距離中心で強め合い、焦点距離から少しずれると波の位相が異なるために徐々に打ち消しあう。 さらに、レンズの大きさは有限であるため、集光できる光の角度には限界がある。したがって、どんなに高性能のレンズを使っても、集光したスポットは有限の大きさとなる。これが回折限界である。
回折限界がどのくらいのサイズかは、落射照明蛍光顕微鏡の場合、対物レンズの開口数と波長によって見積もることができる。0.61 x \lambda / N.A.で、\lamdaは波長、N.A.が開口数である。例えばN.A. = 1.4、波長500 nmの場合、回折限界の大きさは約218 nmとなる。
点像分布関数
対物レンズの回折限界より小さな蛍光ビーズ(例えば100 nm径)を観察すれば、回折限界の大きさの輝点を観察することができる。
このスポットが光学系の点像分布関数を示しており、信号伝達におけるインパルス応答そのものとも言える。 つまり、点像分布関数を測れば、光学系の中身がわからなくても、光学系の性能を評価することができる。
点像分布関数の形は理想的には円形をしているが、光学系の不具合などにより、その形がいびつになることがある。よくある原因としては収差がある。収差は主に球面収差・コマ収差・非点収差・像面湾曲・歪曲収差(ザイデルの5収差)がある。特に、球面収差は発生しやすい。 理想レンズの場合、レンズに対して入射したどの高さの光も焦点位置に集光する。一方、現実のレンズでは、光軸から離れるほど、光はより大きく屈折するため、焦点位置に集光しない。これが像のボケを引き起こす原因となる。
光学顕微鏡で球面収差が発生するよくある原因として、溶媒の屈折率が対物レンズとサンプルの間の媒質と一致しない場合である。 例えば、油浸対物レンズで生細胞を観察することはよくある。油浸対物レンズで使われるオイルの屈折率は1.51だが、水の屈折率は1.33であるし、細胞の屈折率は1.38程度であると考えられる。 油浸対物レンズは、オイルと同じ媒質で試料が満たされていることを前提として設計されているため、ガラス面から少しでも離れると、球面収差が発生するために解像度が急速に劣化する。 従って、生細胞を見る場合は水浸対物レンズや、最近であればシリコン浸対物レンズを用いるのがよい。
また、油浸対物レンズなどによくありがちだが、対物レンズの先端をステージなどにぶつけて傷が入ってしまうことがある。その場合、像は確実におかしくなるが、点像分布関数を調べれば、劣化しているかどうかすぐにわかる。
さらに、もともとの構造と点像分布関数の畳み込み(コンボリューション)により、観察される像が形成される。したがって、点像分布関数でデコンボリューションしてやることで、元の構造を高解像度に再現することができる。 まとめると、点像分布関数により光学系の特徴を知ることができる。何か試料を観察している際に、像の見え方がいつもと違っておかしいと感じたら、0.1 um径程度の蛍光ビーズなどを使って点像分布関数を計測することをお勧めする。